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札幌高等裁判所 昭和35年(ネ)235号 判決

控訴人 藤本欽三 外二名

被控訴人 国

主文

原判決を取消す。

控訴人等の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人等に対し金二、〇〇七、〇〇〇円およびこれに対する昭和三三年一月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「原判決末尾添付の目録記載の物件(以下本件物件という。)は昭和三〇年一〇月一五日までに仮処分執行中に亡失するに至つたものである。しかして右物件の亡失は執行吏の次のような故意または過失による職務上の義務違背に基因するものである。すなわち、(一)執行吏高村伝は昭和三〇年四月七日本件仮処分を執行するに際し、現場に債務者である道東建設工業株式会社(以下道東建設という。)の代表取締役高橋朝之助がおらなかつたとの理由の下に同会社の職員をすら立会わせず、執行吏執行等手続規則第一五条の規定に違反して、本件仮処分判決上の債権者ではないが、右仮処分事件の本案事件の原告であつて、右仮処分事件の訴訟費用を仮処分債権者等のため支弁しておるという実情にあり、実質的に仮処分債権者の立場にある訴外株式会社三原商店の重役である三原幸信、三原信次の両名を不法にも立会証人に選定して、その立会の下に本件仮処分を執行し、右物件を債権者である国井誠に保管させ、債務者である道東建設に対する使用許可としては、単に右仮処分判決主文を記載した公示札を現場に立てて公示したのみで、現実には右債務者の占有使用を奪うという重大な過失を犯し、(二)本件鉄道工事を完了し、右仮処分物件の使用を必要としなくなつた道東建設が同年四月二三日右仮処分の執行を受けた物件が仮処分執行調書の記載のみでは、その数量に相違があるばかりでなく、機械類等の製作所名、番号の記載がないため、非仮処分物件との識別が困難であるから、現場に立会のうえ点検されたい旨申し出たにかかわらず、右執行吏はその点検をしないばかりか、回答すらしないでこれを放置し、右仮処分物件の保管者としての注意義務を怠り、(三)本件仮処分判決は、債務者である道東建設に対し現状不変更を条件として仮処分物件の使用を許したうえ、その占有移転を禁止しておるのであるから、その保管場所すなわち使用場所を変更する必要を生じた場合には、そのいわゆる保管替申請は債務者道東建設からのみなさるべきであり、その他の者からなさるべき筋合ではないのに、同年九月八日右道東建設が右仮処分物件の使用をやめて工事現場から引揚げたため、債権者等の代理人大野米八からその保管場所を実質的に仮処分債権者の立場にある株式会社三原商店所有の倉庫に変更して欲しい旨の保管替申請がなされるや、その保管替の結果は債務者である道東建設の占有使用を全く剥奪することになるにかかわらず、右執行吏はそのことを知りながら、右道東建設に対し承諾を求めることもなく、その保管替の執行にすら立会もせず、ただ漫然と右申請を許可し、右仮処分判決の趣旨に違背して債務者道東建設の占有使用を事実上奪い、その保管を債権者に移すという結果を招来し、その保管義務を懈怠し、(四)また右執行吏としては右保管替申請書を一読しただけでも、右仮処分物件に対する現実の使用者および保管者が存在しなくなつたことが判明したのであるから、かかる場合は現場に臨み物件を点検したうえ、その運搬を監督し、或は少くとも保管替された株式会社三原商店倉庫に臨み物件を点検したうえ、執行吏執行等手続規則第六〇条、第五九条、第三〇条の規定に従い、保存人を選任して右仮処分物件が亡失することのないように万全の措置をとるべきであるのに、右執行吏は右保管義務を懈怠して右保管替の運搬、搬入一切を仮処分債務者に任せたまま、なんらの指示すらしなかつたため、仮処分債権者およびその他の者は右物件を勝手に右保管替場所から持ち出し、これを売却してしまつたのである。(五)右執行吏から本件仮処分の執行を承継した執行吏高村辰雄は同年一二月二〇日仮処分債権者等の復代理人三原幸信から右仮処分物件を更に北海道河東郡上士幌町東三線二三五番地に保管替した旨の届出とともに仮処分執行解放申請が提出されるや、右保管場所変更届書により右仮処分物件が道東建設により保管されていないことが判明しているにかかわらず、右物件に対する道東建設の占有使用関係につきなんら検討を加えないで、ただ漫然と右仮処分執行を取消し、その通知を債務者道東建設にすることもなく、執行吏執行等手続規則第六〇条、第五九条、第四八条第二項、第五一条の規定に違反して右物件を道東建設に交付もしなかつたものである。以上のように国家公務員である右両執行吏の故意又は過失に基く職務上の義務違背の処分によつて本件物件はその仮処分中に亡失し、控訴人等はその返還請求権を行使することができなくなり、右物件に対する控訴人等の共有権が侵害されたものである。しかして本件物件は亡失当時において金二、〇〇七、〇〇〇円を下らない価格を有していたものであり、右物件は控訴人等の共有に属するから、その侵害に基く損害賠償請求権も不可分債権と解すべきであるので、控訴人等は被控訴人国に対し右損害賠償金二、〇〇七、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三三年一月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものであると陳述し、被控訴代理人において、控訴人等の右主張事実中本件物件が昭和三〇年一〇月一五日までに仮処分執行中に亡失するに至つたものであることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。本件物件は昭和三〇年一〇月一五日までに仮処分債権者国井誠等によつて株式会社三原商店倉庫から引き出され、なんら執行吏に連絡もなく勝手に帯広市内の古物商に金一一一、〇〇〇円で売却されたものであつて、右物件の亡失は執行吏の職務行為とは関係のない原因によつて生じたものであるから、控訴人等の本訴請求は失当である。仮に執行吏になんらかの過失があり控訴人等に損害を与えたものとしても、その損害額は右物件の売却価格金一一一、〇〇〇円を上廻るものではないと陳述したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

〈証拠省略〉

理由

まず職権をもつて案ずるに、本件記録によれば、原審は昭和三四年六月二二日午後一時の口頭弁論期日において口頭弁論を終結し、判決言渡期日は追而指定する旨出頭した当事者双方に告知し、そのご昭和三五年二月三日判決言渡期日を同年二月一五日午後一時と指定し、当事者双方代理人にこれを告知したことが認められるところ、原審における本件判決言渡期日の口頭弁論調書には原判決が言渡された期日は昭和三四年二月一五日午後一時であると記載されており、判決が適法に指定された言渡期日に言渡されたかどうかということは調書によつてのみ証明し得べき事実であるから、右判決言渡期日の調書の記載によつては、原判決がその指定された言渡期日である昭和三五年二月一五日午後一時に適法に言渡されたものと認めることはできないし、その他原判決が右言渡期日に適法に言渡された旨記載した調書は存しないので、原判決は適法に言渡されたものとは認められない。したがつて、原判決はその言渡手続が法律に違背しているから、民事訴訟法第三八七条によりこれを取消すこととし、あらためて控訴人等の本訴請求の当否について審究することとする。

訴外永井建設株式会社(以下永井建設という。)の労務者である訴外藤島秀雄外九六名の者が、弁護士大野米八を訴訟代理人として、昭和三〇年三月釧路地方裁判所帯広支部に、右藤島等は永井建設に対し労務賃金債権を有するところ、本件物件を含む一七点の物件は永井建設の糠平出張所長川原由蔵において株式会社逢沢組(以下逢沢組という。)から譲渡を受け、その所有に属するにかかわらず、右永井建設および川原は逢沢組に対して右物件の引渡を請求しないから、右両名に代位して右物件の引渡請求権を保全するためと主張して、右物件を逢沢組から貸与を受け現実に使用占有している道東建設を債務者として仮処分を申請し(昭和三〇年(ヨ)第四号)、同裁判所は同年四月四日右申請を許容し、「右物件につき債務者道東建設の占有を解き、債権者等の委任する釧路地方裁判所執行吏の保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許す。債務者はその占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」という趣旨の仮処分判決をしたので、右債権者等から右判決の執行の委任を受けた釧路地方裁判所執行吏高村伝は、同月七日右物件の所在地である北海道河東郡上士幌町字糠平、糠平士幌線鉄道付替工事現場道東建設作業所に臨み、その執行をなしたこと、同執行吏は同年一〇月三一日退職し、同日高村辰雄が同裁判所執行吏に任命され、右執行事務を承継したこと、右仮処分物件は執行吏高村伝在任中昭和三〇年九月八日債権者等の代理人大野米八の申請に基き、保管場所を同郡上士幌町市街株式会社三原商店倉庫に変更されたこと、更に同年一二月二〇日右大野の復代理人三原幸信から執行吏に対し保管場所を同町東三線二三五番地に変更した旨の届出とともに仮処分債権者と債務者との間に示談が成立したという理由により仮処分解放の申請が提出され、同執行吏はこれにより即日右仮処分執行を取消し、翌日仮処分物件の所在場所に臨み、三原幸信立会の下に物件の点検をしたこと、本件物件は同年一〇月一五日までに仮処分執行中にすでに亡失してしまつたことは当事者間に争がなく、当審証人三原信次の証言および同証言により真正に成立したと認める乙第二、第三号証によれば、右物件が亡失したのは、債権者国井誠等が同年一〇月一五日頃にその保管場所である三原商店倉庫から解体搬出し、執行吏に連絡なく勝手にその大半を帯広市内古物商等に売却してしまつたことによるものであることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

控訴人等は右物件の亡失は執行吏の故意又は過失による職務上の義務違背に基因するものであると主張するので、この点につき控訴人等が主張するところを順次判断することとする。

(一)  控訴人等は本件仮処分の執行に際し、執行吏は現場に債務者道東建設の代表取締役がいなかつたとの理由の下に、実質的に債権者の立場にあるものを立会証人に選定して執行し、仮処分の目的物件を債権者国井誠に保管させ、現実には債務者の占有使用を奪つたと主張するので案ずるに、成立に争のない甲第四号証および原審証人三原幸信の証言ならびに当審証人高村伝、大野米八(第一、二回)の各証言並びに当審証人高橋朝之助の証言の一部によれば、右仮処分判決の執行の委任を受けた執行吏高村伝は昭和三〇年四月七日前記執行場所に臨んだところ、債務者道東建設の代表取締役高橋朝之助に出会することができないので、執行の立会証人として三原幸信こと三原賢二、三原信次を選定して右仮処分判決の内容どおり本件物件に対する債務者の占有を解き、同執行吏の保管とし、現状を変更しないことを条件として債務者に使用させる。債務者は占有を他に移し又は占有名義を変更してはならないことを告知し、もしこれに背き又は公示札を破損したりすると債務者は勿論何人でも刑罰に処せられる旨を表明した公示札を現場に立てて公示し、右物件は現実には現場で就労していた道東建設の人夫等に使用を許し、道東建設代表取締役高橋朝之助が引続き自己の責任において使用保管していたものであることが認められ、成立に争のない甲第一一号証の一、二および原審証人大野米八の証言によれば、右仮処分執行の立会証人となつた三原賢二、三原信次は、右仮処分債権者藤島等が右仮処分の本案訴訟として株式会社逢沢組外一名を被告として賃金支払等の本案請求訴訟を提起した際、共同原告となり売掛代金の支払等の請求訴訟を提起し、また右仮処分事件の訴訟費用を仮処分債権者等のため支弁した実情にあり、実質的に本件仮処分の債権者と同様の立場にある株式会社三原商店の重役であることが認められるから、右両名は右仮処分執行の立会証人になる資格を有しないものといわなければならないけれども、右三原商店ならびに右三原幸信こと三原賢二、三原信次はいずれも右仮処分判決の当事者として関与しておらず且つ判文上なんら利害関係あることを窺いえないことが成立に争のない甲第三号証により明らかであり、当審証人高村伝の証言によれば右執行吏は前記のような事情は知らず、前記両名は右仮処分事件に関係のないものと信じて右立会証人に選定したものであることが認められるから、右執行吏が右両名を立会証人に選定して右仮処分を執行したことは尤もであつて、この点につき右執行吏に過失があつたとはいえない。したがつて控訴人等の前記主張は採用することができない。

(二)  控訴人等は右執行吏は債務者道東建設から点検申請がなされたのに、点検をしないばかりか、回答もしないで、仮処分物件を放置してその保管者として職務上の義務を怠つたと主張し、前記甲第四号証によれば右仮処分執行調書には機械類等の製作所名、番号の記載がないことが認められるけれども、前顕甲第三号証によれば本件仮処分判決にもこの点の記載がなく、右執行吏は右判決に基きその趣旨どおりに仮処分を執行したものであることが認められ、成立に争のない甲第五号証によれば債務者のなした右点検申請の理由は、仮処分執行調書の記載のみではその数量に相違があり、機械類等の製作所名、番号の記載がないため、非仮処分物件との識別が困難であるからというのであることが明らかであつて、道東建設が工事完了し、本件物件の使用を必要としなくなつたというようなことは右点検申請書には記載されておらず、右執行吏がこれを知つていたという証拠もないのであるから、右執行吏がその必要なしと認めて点検をしなかつたからといつて、同執行吏に職務上の過失ありということはできない。よつてこの点に関する控訴人等の主張も理由がない。

(三)  控訴人等は右執行吏は債権者代理人の申請によつて本件仮処分の保管替をし、債務者道東建設の占有使用を事実上奪つたと主張するけれども、本件仮処分の如く仮処分物件を執行吏の保管に付し、現状不変更を条件として債務者の使用を許す趣旨の仮処分にあつては、その仮処分の執行中はたとえ物件の占有が債務者に委されているとはいえ、それはあくまでも執行吏の保管に移されたうえでのことであつて、執行吏がその物件を保管する場所は、仮処分命令自体によつて特定されておれば格別そうでない以上は、執行吏がその保管上適当と認めるところに定めることができ、その仮処分執行の中途においてその保管場所を変更することも、執行吏が保管上必要と認めた場合職権をもつてこれをなすことができるのであつて、いわゆる保管替申請は単に執行吏の右職権の発動を促すものにすぎないから、仮処分債務者のみならず、仮処分債権者からもこれをなし得るものと解するを相当とするので、右執行吏が債権者等の代理人大野米八の申請によつて本件物件の保管場所を変更したからといつて、これを違法視することはできない。しかして原審および当審(二回とも)証人大野米八の証言によれば、本件仮処分債務者である道東建設は昭和三〇年五月頃には工事を完了し、本件物件の使用をやめ、工事現場を離れたので、本件物件を前述のように実質的に仮処分債権者と同様の立場にある株式会社三原商店倉庫に保管替した結果は、あたかも本件物件に対する債務者道東建設の占有を奪い、債権者にその占有を移したが如き観を呈したものであることが認められるけれども、成立に争のない甲第六号証によれば、債権者等の代理人大野米八が右執行吏に対し提出した保管替申請書には、本件仮処分物件の現在場所は所轄官庁からその撤去を命ぜられたので、右物件を北海道河東郡上士幌町市街三原商店倉庫に保管替されたい旨記載されているのみであるから、株式会社三原商店が実質的に仮処分債権者同様の立場にある利害係人であることを知らないこと前記のとおりである執行吏高村伝が、本件仮処分の性質上、右保管替申請を受けて、単に本件物件を右仮処分の命ずるところに従い従前どおり債務者の使用を許した状態のまゝ、たゞ保管場所を変更するにすぎないものと考えて、現場に赴くことなく、直ちに右保管替申請を許可したからといつて、同執行吏に職務上の過失、懈怠ありとはいえない。したがつて、この点に関する控訴人等の主張も採用するに由ないものといわなければならない。

(四)  次に控訴人等は右執行吏が保管義務懈怠して右保管替の運搬、搬入一切を仮処分債権者に任せたから、仮処分債権者等が本件物件を勝手に売却処分するに至つたものであると主張するけれども、当審証人高村伝の証言によれば、右執行吏は当時本件物件が執行吏保管の下に債務者において使用しているものと信じていたのであり、本件物件に対する債務者の使用が終了し、債権者においてこれを占有することになつたことは知らなかつたものであることが認められ、前記保管替申請書を一読しただけで、右仮処分物件に対する現実の使用者および保管者が存在しなくなつたものであることが看取することができるものとはいえないこと前記認定に徴し明らかであるし、本件仮処分の性質に鑑み、右執行吏において右保管替の運搬、搬入等を現場に臨んで監督しなかつたからといつて、同執行吏に過失ありとはいえないし、右執行吏が本件仮処分判決に従つて本件物件を債務者に使用を許している以上、常時現場に臨んで右物件の監視をしなければならないものでもないから、右物件が債務者の使用に委されていると信じている右執行吏が保管替の後も現場に臨んで本件物件の点検監視をしなかつたからといつて、同執行吏に過失ありとはいえない。したがつて、この点の控訴人等の主張も理由がない。

(五)  更に控訴人等は執行吏高村辰雄の本件仮処分執行の解放手続上の過失を主張するけれども、前述のとおり本件物件は右仮処分執行解放前である昭和三〇年一〇月一五日までに亡失しているのであるから、仮に控訴人等主張のように右執行解放手続に右執行吏の過失があつたものとしても、右過失によつて本件物件が亡失したものとはいえないこと明白であるから、控訴人等の右主張は採用の限りでない。

その他本件口頭弁論に現われた全証拠によるも本件仮処分判決の執行に当る前記執行吏に右仮処分の目的物件亡失の基因となるような故意、過失があるとは認められないから、その存在を前提とする控訴人等の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南新一 輪湖公寛 藤野博雄)

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